『進撃の巨人』

久々に観戦記など。今回は実写版『進撃の巨人』です。


以下はネタバレ有りなので、未鑑賞の方は注意を。


私の鑑賞前状況としては、原作漫画は途中まで読んでます。エレンが巨人になって審判にかけられるくらいまで。
アニメは観ていません。後、阿部乃みくのを観たくらいです。

まあ、シナリオ関係で一番議論に上がっているのは、エレンの人格が変わっているところと、ミカサとの関係性。特にミカサが他の男とデキていたってところですかね。
率直な感想として、この改変については、映画のシナリオ的には正解だと思いました。原作は母親を巨人に食われた『復讐』がエレンの最大のモチベーションになりますが、『復讐』は主人公のモチベーションとしては映画シナリオでは危険だからです。
『復讐』がモチベーションになっている名作もあるじゃないか、と言われる人も居ると思いますが、まあそういう作品は『復讐』を起点として、新たに現在に起因するモチベーションの上塗りを行っているはず。もし原作通りで『復讐』を起点とすると、母親との関係性を画く必要と、ストーリーの途中で、エレンの新たなモチベーションの上塗りが必要となり、その場合母親の喪失を上回る出来事が必要となり、そうするとミカサ関連の事象を起こす必要が出てくる。
いや、小説や漫画では『復讐』起点はありなんですよ。心証を丁寧に描けるから。映画だと、過去に起きた事の心証を語るには、回想等が必要になり、ストーリーを止めてしまうので。

原作のエレンは結構パーサーカーに描かれています。これは過去に起きた事件によってできた人格を元にしてます。それにより、ミカサとの関係性、兄弟であり、異性であり、共犯者であるという強い繋がりもここに起因します。
映画では弱いというか、普通の青年として描かれています。ここも正解だと思った。
出だし中二病全開します。「俺は普通の奴らとは違うんだよ」と嘯き、職を転々。巨人という「現実という壁」にぶつかると何も出来ずに凹み(復讐も企図できないヘタレ)、再会した幼馴染はエリートに寝取られている…。まあ、普通にボコボコです。いや、映画の主人公として、感情移入は出来るようにの工夫はしているとは思う。

ただ、その変更の為にミカサのキャラが変わり、関係性も変わった。結局その為に原作とは違う、改悪だと言われてしまうのも、まあ理解できる。
原作に思い入れがあればあるだけ、やっぱり拒絶する気持ちは大きいだろうなと。『海街diary』を観たのだが、こちらは原作完全踏襲で、改変は殆ど無い。ただし、原作のエピソードを数珠繋ぎにしていて、それぞれのエピソードの掘り下げは殆どしていない。ただの羅列でしかないが、それでも拒絶感は少ない。
実写化する意味とは何なのだろうか?と考えさせられた。映画的に改変するよりも、ただ原作に忠実であれば叩かれる事も無い。では、だったら映画化する意味はどこにあるのだろうか?
まあ、変更する為に起きるだろう批判をかわす為に、原作者のお墨付きがある事を強調していたのだろうが…。


他の、批判されていたところだが、まあそこまで気にならなかったかな。「巨人は人間に声に反応する。声を出すくらいなら舌を噛め」というセリフの後で、ぺチャぺチャ喋り出すというところ。まあ、映画で「何々するな」と言われたら、それは「しろ」って事だからね。「大声に反応する」だったら、良かったかなと思ったけど。
作戦前にイチャイチャしていて、巨人に襲われるというところも、まあホラー映画の定番ですしね。


以下は、感じた事の羅列。


石原さとみのハンジは評判が良いが、原作のハンジを知らないので良く解からなかった。「こんなの初めてっー!」と叫ぶところは、まあ樋口監督と町山さんが言わせたかったんだろうなと。しょうがねぇなオッサンたちは。原作にあるセリフだったらごめんなさい。

桜庭ななみのサシャは可愛いと思いましたよ。「いつまでも私は三菱地所の女じゃないのよ!」という意気を感じましたな。

三浦貴大のやさぐれ演技は名人芸の域に達して来ましたよ。

水崎綾女は「いやいや、君はエレンじゃなくてサンナギに行かないと」と、うーん未だに『俺たちに明日はないっス』のイメージが強いんだよね。

長谷川博己は『MOZU』のアテネセキュリティの東のまんまだよ。いつ「チャオ、倉木」と言い出すのかと気が気でなかったよ。


巨人のビジュアルは、これは比較が無いと解からない。もっと無機質な感じの方が良かったのか、でもそっちの方が不気味感が薄れてしまうのか…。
ただ、正直ちょっと笑ってしまった。何故かというと、誰かに似てるという訳では無いのに、お笑い芸人に見えてしまったんだよね。
で、何でかな?と思ったけど、結局、「だらしない裸」=「お笑い芸人」のイメージが自分の中にあるって事に気付いたよ。裸芸ってまあ昔からあるんだろうけど、テレビで裸芸をやり始めた後の世代だからだろうね。なんで、ある世代以前はそういう風に思わないのかも知れないけど、いわゆる鍛えれてない「だらしない裸」を晒してるを見る機会って、お笑い芸人がやっているのを見てなんだろうなと。


まあ、後編もあるので、前編だけで全ての判断って出来ないけど、凄い傑作ではないけど、凄い駄作でも無いかなっていうのが正直な感想。でも、それは原作にあまり思い入れが無いからで、思い入れがある人が酷評するのも理解できるかなって言うところですかな。