『海街diary』

さて、『海街diary』についてだったりする。吉田秋生は自分の心に深く刻み込まれた作家だ。姉が持っていた『吉祥天女』『河よりも長くゆるやかに』『BANANA FISH』を少年時代に貪るように読んだ。まだ、男女の機微などよく解らぬ(今でも解っているとは言い難いが…)年頃ではあったが、「女性の性(さが)」というものをおぼろげながらも、教えをもらった気が今でもしている。
その後、吉田作品に触れる機会はほぼ皆無だったが(『櫻の園』は読み直した)、久方ぶりに話題にもなっている『海街diary』を手に取った。勿論、実写映画化されるというのも、モチベーションの一つではあった。
作品柄もあり、時折見せるキャラクターのデフォルメ化は相変わらずだったが、幾分線は丸みを帯びたイメージを受けた。だが、この人が描きたいのはやはり「女性の性(さが)」であり、そのペン先はやはり自分の心に深く刻み込まれた。面白かった。単行本6巻を一気に読んだ。だから、映画も観たくなった。一見、映像化しやすいような題材に見えて、映画化するのは非常に難しい作品だと思ったからだ。やはり確かめずにいられなかった。公開日の最終日に何とか滑り込んだ次第であった。


ここから先はネタバレ有り。未見の人は注意!


中心の4姉妹を演じた、綾瀬はるか長澤まさみ夏帆広瀬すずはそれぞれ漫画のイメージと合っていた。それは素晴らしいと思った。特に広瀬すずは、十代の半場に現れる少女の無敵感が半端無く、演技力という点では前者三人と比ぶべきものではないが、それを補って余りある“何か”を纏っていたとすら思った。
他の出演者も、まあそれぞれに原作から大きなイメージの乖離がある者も居なく、画面に悪態を付く状況は訪れなかった。原作が好きな人間にとって、ストレスは少なかった。特に原作から改変された部分も微小だったからだ。なので、まあまあな満足感で劇場を後にした。


だが、これは『映画』なのだろうか?


「まあまあな満足感で劇場を後にした」と先ほど書いたが、それは観終わった映画を味わっての事ではない。映画を観て、原作を反芻出来たからの満足感だった。勿論、漫画のキャラクターを美しい女優陣が演じている姿を観れるのは楽しい事ではあるが、原作を読んでいなければ、その楽しさがあったのかどうか疑わしい。それは何故か?この映画は薄すぎるからだ。

原作からの大きさな改変は無い。すず(広瀬すず演じる四女。同じ名前なんだよね)のサッカー仲間である多田が登場しないくらいか。この多田君は病気で片足を失うという大きな出来事があり、それぞれの登場人物達に少なからない影響を与えるのだが…。まあ削るってのは有りなので、あまり気にはならない。それ以外は、それぞれのエピソードが殆ど出てくる。だが、出てくるだけだ。それぞれのエピソードの掘り下げが殆ど無いのだ。
原作を読んでいれば、それぞれそのエピソードが後に登場人物たちにどんな影響を与えるか解っている。だが、次から次へ出てくるエピソードは、それぞれぶつ切られていて、終着点がほぼ描かれない。万遍なくエピソードが逐次投入され、そして消え去っていく。
例を出すとすると、次女佳乃と年下男子との話。佳乃は外資系金融機関に勤めていると嘘を言って年下男子と付き合っている。本当は地元信用金庫で、そこに年下男子が男とやってきて金を下すというエピソード。彼は男にせびられて金を下すのだが、まあそこには事情があったりする。だが、そこは描かない。次のシーンで、年下男子から電話で別れを告げられる。
うん、別れるのはそのまま。だけど、それまでにはいろいろあるんだけど、それはバッサリ。勿論、丁寧に描くと、尺の問題があるが、だったら他のエピソードを減らせば良い。こういうエピソードの積み重ね。その中にある意味は顧みない。ただ出来事だけを積み重ねていく。繋がりも流れも無い。

確かに画的には、鎌倉の美しい街並みと四季の移ろいが現され、4人の美しい女優が映らない時間は無い。一年という時間の流れをフィルムに焼き付けてはいる。それだけで作品としては成り立つのかも知れない。それだけで良いという人も居るだろう。でも腑に落ちない。何も残らない。

進撃の巨人』を観た後にこの作品を観て、「漫画原作の映像化」について考えさせられた。かなりのバッシングを受けてはいるが『進撃の巨人』は、原作を映画に変換しようとする意気込みはあった。『海街diary』は映画にしようとはしなかった。でもこの作品はあまり叩かれる事はないだろう。原作に忠実だからだ。でも忠実だから何だ?映画にする意味があるのか?漫画のプロモーション映像であるなら、この作品は満点かも知れない。でも、この映画単体で見た人は、このモンタージュを観てどう思うのだろうか?

進撃の巨人』の改変が叩かれた事によって、今後は漫画原作の映像化は、この忠実である方に重きが置かれるようになるのかも知れない。でも、それが映画であるかどうかは、疑問符が浮かぶ気がする。

まあ、正直、もう漫画原作の映像化を確かめる気で映画館に行く修正を改めた方が良いのだろうな。でも、やっぱり、気になっちゃうんだよな…。