横山光輝氏が亡くなった。
かなりのショックを受けている私。
「かつて一世を風靡した…」などと形容できる作家で
あれば、ただその死を悼むだけなのだが、横山氏は
バリバリの現役で、しかも第一線の作家であり
連載中の作品もあっただけに惜しむ気持ちは大きいのだ。


自分の中の横山作品といえば、やはり「鉄人28号」と
三国志」の存在が大きいが、読んだ作品はこれだけに
とどまらず、「水滸伝」「徳川家康」「伊達政宗」「豊臣秀吉
項羽と劉邦」「史記」「隻眼の竜」など枚挙に暇がない。
しかもそれぞれ一読にしかずで、数度と読み直したものも
多い。そして、それこそが横山光輝の本当の偉大さで、
ある意味では、並ぶ者無き漫画家といえる。その偉大さを
追悼記として述べたいと思う。
題して「ここがスゴイよ横山光輝!」


○「顔が一緒だよ横山光輝!」

三国志の物語に総勢何人が登場するのか正確には知らないが、
某メーカーの同名ゲームの内容から推察するに多分500人以上の
人物が出てくるだろう。500人の人物の書き分け。
それは大変な作業だろう。でも横山みっちゃんにかかれば
そんな事は屁でもない。大体のパターンに選り分けて
しまえば顔が一緒でも構わない。後は鎧や兜で見分けてね。って感じだ。
これは手抜きでも何でもない。書き分けする能力が無い訳でもない。
ただ、三国志または歴史物の多くを書く上ではこれ以上無い
上梓の仕方ではないか。と思う。更にはそれこそが横山光輝がやりたかった
事なのではないかとも思う。
これには説明が要する。


三国志が日本でこれ程メジャーというか、一般的なのは
勿論吉川英治の功績を見逃すわけにはいかない。いわゆる
三国志には「三国志正史」と「三国志演義」が存在するわけだが、
これをまとめて日本人に読みやすく、またエンターテイメントに
昇華させたのは、間違いなく吉川英治である。
そして、その吉川英治の珠玉を更に世間一般、特に若年齢層へ
読みやすく、また解りやすいエンターテイメントにするために漫画という
媒体を使って表現したのが横山光輝だと思う。


各登場人物の風貌の描写は小説で描く場合は殆どが読み手の想像力に
依存する事になる。そして、その風貌は頭の中の人物の設定に多いに由来
してくるため、重要である。
これを絵にした場合、そのイメージは多いに影響を受ける事となる。
そして、それは作り手のイメージを読み手に押し付ける事に
他ならない。ましてやその肖像すら残っていない時代物なら尚更である。
しかし、横山氏の画はその押し付けはない。


今の子供が、いや横山三国志が存在していなかったら、
人々は人物を頭の中で構築することなく、王欣太の描く「蒼天航路
のキャラクターに支配されているかも知れない。
しかし、書き手の押し付けは読み手を限定するため、今のように三国志
ポピュラーにならなかったかも知れない。